初詣、受験期、恋愛成就・安産祈願など、日本人の多くは事あるごとに
神社やお寺にお参りに行くだろう。自分もその一人だ。
そしてお参りの際にはお賽銭を入れる。
今回はこのお賽銭の額について気になったので調べてみた。

■調査背景
初詣に神社へ参拝に行った際、お賽銭をいくらにしようか悩んだ。
1円はさすがに・・・と思い、じゃあ100円ぐらい?
でも100円って缶ジュースも買えないなぁ。
1000円入れたらさすがに願い聞いてもらえるかな、とも考えたが
自分がラーメン食べられると思ったり。

結局、今年は無理のない範囲のお気持ちで10円を入れた。
帰宅後、やっぱり適正なお賽銭の額があるのか気になり調べてみた。
■調査結果①(語呂合わせ)
調べて驚いた。
語呂合わせで、入れていい/まずい額があると多くのサイトで紹介されていたのだ。
そして私が入れた10円は”遠縁”を意味し、良くないとの記載もある。
縁起が良いとされる金額一覧

縁起が良くないとされる金額

まじか、今年一年終わったやん、と思った。
正直な話、心配性な私は
もう一度神社に行ってお賽銭を追加しようと思ったぐらいだ。
一年を棒に振るぐらいなら、大したことではない。
■調査結果②(真摯な気持ち)
でも心のどこかでしこりがあった。
お賽銭の追加払いは、さすがにおかしくないか。
神様からしても
「あいつもう一回来たぞ、え、お賽銭の額間違えた?どゆコト?」ってならないか。
だから調べた、そして見つけた。
あの格式高い、出雲大社のHPにこう書いてある。
お賽銭を5円にすると「ご縁がある」とか、「二重にご縁があるように」と25円、「始終ご縁があるように」と45円、「これ以上の硬貨(こうか=効果)はない」と500円などと、ガイドの方がおもしろおかしく話を作って案内されるのを聞くことがあります。 これは、まったく根拠のないおもしろおかしくしようとの“ためにする”語呂合わせにすぎません。大切なのは神様に対して真摯な気持ちでお祈りをし、その気持ちをもって日々の生活を送ることです。祈りの心はお賽銭の金額によって、まして変な語呂合わせで左右されるものではありません。
※ためにする:ある目的に役立てようとする下心をもって物事を行うこと。 [1]
つまりは、
大切なのは神様への真摯な気持ちと、その気持ちをもって日々の生活を送ること。
語呂合わせは、おもしろおかしくするために作られており
まったく根拠がなく、語呂合わせで祈りの心が左右されるものではない。
これが真実だ。
私はこの文章を読んで慰められた気持ちがした。
そしてなにより、この有益な見解を格式高い出雲大社が
正式に公表してくれていることに感謝した。
■まとめ
ネット・SNS上に多くの語呂合わせによる情報があるなか、
そこにとらわれ過ぎないで欲しいと感じた。
語呂合わせで金額を決めることを否定しているわけではない。
その思いで祈るというのも良い。
ただ、大切なのはお賽銭の “額” ではなく、
日頃の感謝と敬意をもって真摯に神仏にお祈りするということだ。
■参考記事
[1] 出雲大社
お賽銭の金額は決まっていますか?

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